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TITLE : 喫煙すると能力は上がるのか?

最近、よく考える。

僕は嫌煙家なのですが
喫煙すると能力は上がるのか、と。

理由その1 学生で能力の高い人は喫煙しているように感じる(主観)
理由その2 喫煙する人はしきりに『メリハリがつく』と言っている。
理由その3 理系の学生は喫煙率が高いらしい。
理由その4 SEの喫煙率は高いらしい。

反論として、

反論その1 脳の中のヘミグロビンが減少するらしい。
      よって作業能力は低下する。
反論その2 スコットランドの研究によると
      喫煙者は非喫煙者に対して
      IQ、EQ運動神経共に3%減少したらしい。
反論その3 女性においては不妊率を高め、男性は精子を減少させ
      喫煙者の胎児が成長する過程において、
      虚弱な体質に生まれることが多い。
      よって仕事はできてもQOL(生活の質)を落としかねない。
上記を含めて、考えると、
喫煙者には仕事はできても思考力がない人間が多い(主観)に気づく。
特に喫煙者には感情の起伏が激しくなる傾向があるらしい。
その怒りを静めるために喫煙という行為によって
脳内の血管を流れる血液量を止め沈静化させる習慣がある。

なんで喫煙だけ特別扱いなんでしょうかね。

僕、音楽依存症だから、一曲聞いてきていいですか?
なんて言ってもいいじゃないか。
もらいMP3しますか?
ちょっと一曲もらえませんか? とか。

とにかく喫煙はダメだ。
別に仕事ができなくてもいいから、喫煙だけはしない。

特に、タバコミュニティなんて言葉はいいわけにしかすぎない。

→タバコミュニティ 
喫煙所でのみ知り合えるコミュニティのこと。
違う部署の社員や、
普段はお目にかかれない幹部と出会えることがあるらしい。
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TITLE : 普通なんて存在しない社会

「マザー&ラヴァー」というドラマがある。
この中では坂口憲二が母親に親孝行をする役を扮している。
でも、この話の中では
「マザコン」なのか。「親孝行」なのか。みたいな所が話題となっている。

たぶん、話のストーリーで
常識と戦う家族像が描かれることになるだろう。

ドラマというのは常に時代の鏡として社会を映している。

これまた、面白い話で坂口憲二の年齢が母親に孝行することは
高齢化社会だからこそ、視聴率をガツンと取れる番組になる。

ただ、なんでも「過ぎる」のはよくないわけで
人に迷惑をかけたら「マザコン」と呼ばれ、
自由の範囲だったら「親孝行」と呼ばれる。

じゃあ、「普通」の子供のあるべき姿とは何なのかね〜。と。

正直、今まで変わってる人とはたくさんあってきた。
やっぱり「過ぎて」かつ人に迷惑をかけると
人から「異端児」として扱われる。

「リーダーシップ」は「わがまま」として捉えられ、
「信奉」は「洗脳」やらと捉えられる。

「普通」なんて考え方は実にわがままにできてる。
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TITLE : スポーツ・ナレッジ・サイエンスとしての「VS」

VS. (バ−サス) 創刊号 [雑誌]
VS. (バ−サス) 創刊号 [雑誌]

ちょっとアップデートが遅いかもしれませんが
最近、創刊した「VS」(バーサス)をコンビニで拝見。

総合スポーツ文化誌にしては
活字と写真のバランスが実にイーッね。

今までスポーツは「情報誌」
つまり、どこどこで試合があるとか
今年は誰々が優勝しましたよ、とかいう雑誌が多かった。

一般誌にしても、
ターザンとかダイエット、健康っていう分野が先行している。

「VS」にような
活字でスポーツ文化を娯楽として見ている雑誌はなかなかない。

オリンピック騒ぎにのった後の創刊なので実にネタが豊富だ。

スポーツにおける、精神、医学、栄養学、身体論など
知的スポーツ誌して一つ読みたい雑誌が増えた。
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TITLE : 「お前、言ってること、よくわかんね〜よっ」



「お前、言ってること、よくわかんね〜よっ」ってことがよくありませんか?

一つは、相手が自分の知識・言語・背景を分かっていない。
二つめは、自分が相手の知識・言語・背景を分かっていない。

コミュニケーションは「ボトルに水を垂らす」ように、
自分のメッセージを相手の心に少しづつ伝えることが大事だそうです。

それが「わかりやすさ」ではないのでしょうか。

例えば、桶(おけ)いっぱいの水をビンに入れる時、
いきなり桶の水をビンにかけたら、
恐らくビンの中には水が入っていないでしょう。

コミュニケーションでもあまりに大量の情報を流し込むと
ビン(頭)の中には何も残らないことがあります。

詰め込み教育もそうですが、
いくら無理矢理、暗記してもすぐに忘れてしまいますし、
コミュニケーションでも
少しづつ少しづつかみ砕いていくことが大事だと思います。

僕の友人でもマシンガンのように話す人がいますが
彼が言いたいことがイマイチ掴めないのです。

ですから
「お前、言ってること、よくわかんね〜よっ」って言ってやりました。

たまにはハッキリそんなことを言うことも
コミュニケーションが下手な人にはいいきっかけになるのではないでしょうか。
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TITLE : 僕はこの人の真似をしたい

僕が読んできた中でも
特に翻訳が上手く日本語の切れ味がいいと思っているのが
玄田有史助教授と梅本勝博助教授が翻訳した書籍です。

独学と言うのは人の真似をすることと以前にも書きました。

特に文章、考え方もひたすら真似する。

下記の玄田有史さんが書いた「働くことの悲しさ」の歯切れはいいです。
好きな文章の性格を帯びているので、ぜひ真似してみたい名文です。
僕の文章のルーツを味わってみてくんなはれ!

働くことの悲しさ 2002年12月10日

 フリーターをこれまで長年調査し続けてきた教育社会学者を中心とする研究グループが一冊の本を刊行した。そのタイトルは『自由の代償/フリーター−現代若者の就業意識と行動』(小杉礼子編・日本労働研究機構)という。

 『自由の代償』はフリーターを含む若者へ詳細なアンケートとインタビューから構成されている。それを読むと、フリーターの特徴とは「やりたいこと」志向の強さにあることがわかる。フリーターをそうでない若者と比べると、「若いうちは仕事よりもやりたいことを優先させたい」とか、「やりたい仕事なら正社員でもフリーターでもこだわらない」と答える割合がきわめて高い。やりたいことがみつかって、はじめて本気で働こうという気持ちが生まれるというのだ。

 たしかに学校を卒業もしくは中退して働き出すと、なかでも会社勤めなんて始めると、やりたくことないことだらけの毎日である。正社員でも、アルバイトでも、パートタイムでも、派遣でも、やりたくないことどころか、イヤなことは、山ほどある。無理なノルマ、長時間のサービス残業、セクハラまがいの扱い。まわりに抑うつ症状の人たち。不況のなか、どんどん高まる不安感や緊張感。わずかな給料では「やってられない」現実。成果を挙げれば給料は上がるというが、多くの人の給与は働いても、働いてもほとんど上がらない。サービス残業はすればするほど、実際の時給を下げていく。

 会社の正社員になって働くとなれば、学生時代に比べると、イヤなことがまちがいなく100倍は増える。働くことが楽しい、充実している、なんていえる人は、ごく一握りしかない。シンドイ就活(就職活動)は、何のためにしたんだろうと、思いたくもなる。

 だから、なぜ働かないといけないのか、特に正社員なんて、なぜならないといけないのか、ときかれれば、ハッキリとした答えなんてないというのが、本当ではないだろうか。

 しかしだからといって働かないことを選択すれば、そのうちかならず飽きてくるのも事実だ。やりたいことをやりたくてフリーターをしていても、結局はやりたいことなんてみつからない。むしろフリーターは2年以上続けると、やめたくなっても抜け出せなくなるというのが現実である。

 働くことには、そのほとんどがやりたくないことだという悲しさがある。それと同時に、もう一つ別の、そしてもっと深い悲しさが働くことにはつきまとう。それは、自分には能力がないのだという圧倒的な現実を思い知らされることである。

 学生時代には試験でも部活動でも、なんらかのかたちで自分の実力を評価される。学校を出てから働かないことを選択すれば、社会のなかでの自分の能力の低さに直面する機会に会わなくてもすむ。ところが働くとそうはいかない。働けば、自分の能力の限界という不幸をつねに感じる。仕事がうまくいかないのは、場合によってはまわりのせいでもあるが、結局はほとんどの場合、自分の実力がないからだという否定しようのない事実を、ほとんどの人がつきつけられる。職探しをすれば、一部の例外的な人を除いて、能力の足りなさから「残念ながらわが社とはご縁がありませんでした」といわれてしまう。

 働くと、能力がないことを自分自身で知ると同時に、力を発揮したときでもそれを正確に認められず、満足のいかない評価にさらされなければならないときだってある。自分は自信をもってやった仕事なのに正確に評価されないことが続けば、本当は自分の能力がないのではないかと、追い詰められた気分にもなってくる。
働かなければ、そんな自分の無能の感覚を持たなくてもすむ。働くなんて、バカらしいではないか。そこまでして働く必要なんてどこにあるというのか。

 しかし、働いて自分に能力のない不幸を実感したことのない人こそ、本当に不幸である。自分の無能の現実を知らないで生きることの空しさ、その空しさのなかでジタバタする、言葉にならない感覚を、働くことを拒否した人は知ることはできない。能力の限界に向かい合いながら、なんとかつらい仕事を仲間と仕上げ、その後でみんなで「やれやれ」と飲むビールやワインの味は、仕事をせず、日がな一日ボーッと暮らして飲むときとは比べものにならない。

 そして自分の力の限界を知る人だけが、働くなかで自分以外の力によって何かが成し遂げられる瞬間があることを知る。その自分以外の力は、多くの場合、自分のまったく予想していなかった偶然というかたちでしか訪れてくれない。しかし、働くことのなかにある「偶然」をバカにしてはいけない。ほとんど偶然としか言いようがない、自分の能力を超えて何かが出来てしまった感覚。自分にとって、あまりにタイミングのいい偶然。それによって突然、自分の目の前が開けてしまう感覚。偶然という自分を超えた存在だけが、本当の自分の可能性を感じさせるのだ。働いてみないと、そんな偶然はやってこない。

 内田樹氏は著書『期間限定の思想−「おじさん」的思考2』(晶文社)のなかで、仕事をするとは「他者を目指して、パスを出す」だと書く。たしかに働いていると、自分の目の前に奇跡のようなパスが出されることがある。それは別にジダンやフィーゴなど、スーパースターだらけのレアル・マドリードのサッカーでなくてもそうだ。パスを受けてシュートして、外してしまうことも多いのだが、決まることだってある。凄いパスを受けた感触が自分もいいパスを出したいという気持ちにつながっていく。

 本当の自分の可能性なんて、自分自身は知らないと思ったほうがいい。経済学の理論モデルの多くは、働く本人は自分の能力や意欲を理解しているが、会社は理解していないという情報の非対称性を前提にする。しかし本当は、本人だって自分のことなんてまるっきりわかっちゃいない。日々の仕事のなかで痛感する現在の自分の限界や、ときにそれを乗り越えさせてくれる自分以外の何かに触れることだけによって、はじめて本当の自分、本当に自分がやりたいことが、うっすらと見えてくるものなのだ。

 フリーターは、「やりたいことがみつからないと働けない」という。しかし、それはまちがっている。「働いてみないと本当にやりたいことはみつからない」のだ。
夏目漱石は『私の個人主義』と題された講演のなかでこう述べた。「自分の個性が発展できるような場所に尻を落ち着けるべき、自分とぴたりとあったしごとを発見するまで邁進しなければ一生の不幸である」。しごとに尻を落ち着けてみようとしないかぎり、ぴたりとあっているかはわからない。ぴたりとあった瞬間、はじめて自分の個性は何かがわかる。私は、仕事のささやかな悦びとは、回転寿司のようなものだと思っている。目の前に流れるネタはかならずしも自分が一番食べたいものではない。しかしときどき「おっ!」という皿が回ってくる。それにありつくには、まずは席に座っていなければならない。自分の前に回ってきたら、自分の意志で手を伸ばさないといけない。そして一度手に取った皿は返してはいけないのも、回転寿司のルールである。もちろん、一流の寿司屋のカウンターで注文しながら食べる寿司のような満足の高い仕事もあるだろう。しかし、回転寿司も実はなかなか案外にイケルのである。
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TITLE : 日本人は徹夜が大好き!



本当に日本人は徹夜が大好きだ。

「昨日、三時間しか寝てないんだよね〜」
「あの頃は週3〜4回は徹夜してたんだ」等々。

何てストイック(禁欲的)な文化なんだ!

<日本人の間違った三段論法>

→徹夜する奴はやる気がある。
→やる気がある奴はマネジメントできる。
→マネジメントができる奴は仕事ができる。

すなわち 徹夜をすることはカッコイイ!

僕は毎日8時間ぐ〜ぐ〜寝てます。
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TITLE : 人の心の裏の裏はただの表だったりして♪



身体感覚ともそうですが、
人が持っている雰囲気、オーラなどから読み取れる情報がかなりあります。

しかし、雰囲気が読めない人と言うのもたくさんいるわけです。

特にファシリテーションにおいては
人の心と心、知識と知識をつなぐのが仕事ですから
その人が持っている情報をつなぎ合わせることが課題となってきます。

ケースバイケースですが「表情」をコントロールすることは
大変重要になってくると思います。

いい雰囲気を作ったり、気分を締めてもらったり
人を動かすために、情報をコントロールすることに
緩急をつけれるようになりたいものです。
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TITLE : 酸素エアチャージャーで脳に酸素を送ろう


入試の準備が完了したので、大分の中心で紅茶を飲みに行きました。
あんまりマッタリしてしまったら、終電を逃してしまい、
今、話題のメディアカフェで一夜過ごすことになりました。

そこで出会ったのが今、話題の「酸素エアチャージャー」です。

僕は慢性鼻炎なので、有酸素を脳に送り込むことで
偏頭痛が取れました。うっしっし。

「今、話題の」が大好きなミーハー振りです。

posted by Kohei Ishikawa  [ 身体論 ]  comments(0) trackbacks(0)

TITLE : 現実を維持するために



最近、デスクワークが重なって、
肉体的ではなく精神的に疲れが来ます。
精神的な疲れはなかなか自覚しにくいので
パタリと倒れてしまうことがあるらしいので
だから、たっぷりと睡眠時間を取るようにしています。

あと、たまに散歩とかをしています。
するとなかなか面白い風景が見える。

鳥 虫 星 森 海

普段感じることのない感覚がまたある。
そんな中で物思いに耽るのです。

生命の基本に忠実になった先に創造はあるのではないかと思います。

posted by Kohei Ishikawa  [ 身体論 ]  comments(0) trackbacks(0)