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TITLE : 理想という名の現実

りそう【理想】
(1)考えうるかぎり最もすばらしい状態。最も望ましい姿。
  行動の目的となって現実に意味を与える。⇔現実
 「―の男性」「―が高い」
(2)〔哲〕〔ideal〕物や心の最も十全で最高の形態。ふつう現実的具体的なものの対極ないし究極として、知性ないし感情の最高の形態とされる。実現可能な相対的な理想と、到達不可能な絶対的な理想(神・永遠・最高善など)とに区別でき、後者は超越的・規制的なものであり真の理想といえる。

げんじつ【現実】
(1)今、現に事実として存在している事柄・状態。⇔理想
「きびしい―を直視する」「理想と―との違い」「―に起こった事件」
(2)〔哲〕 現に事実として与えられていること。また、そのもの。
(ア)理想に対してその素材や障害となる日常的・物質的なもの。現状。⇔理想
(イ)現に存在し活動するもの。想像・虚構や可能性ではなく、現に成り立っている状態。実際の存在。実在。
(3)実現すること。「光明より流れ出づる趣味を―せん事を要す/野分(漱石)」


果たして「真実かなんぞや」という話になったら
それこそ思想的な話になってしまいます。

しかし「認知限界」という言葉がある中でメディアは存在するのであって、
理想という立場から真実は創造される。
簡単に言うと、
認知することには限界があるなかで「真」を決めなくてはならない。。

問題解決の基本として、
最高でも全体の60%の情報量を40%の時間で探して意志決定せよ


つまり、残りの40%の情報は自分で推移し
残りの60%の時間で論じ、実行せよ、と。

これが推論の本質ではないかと。

論理的に物事を判断することが判断力につながる。
そう考えると、物事がウソかマコトか判断するのは
それを認識する他者に依存します。

真実を解剖するのがメディアであるのだとしたら、
悲しき現実を映し出すメディアは恐らく真実なのではないでしょうか。

そろそろこのウェブログを現実的なウェブログにしていきたいのですが
ウェブログの特徴として
「常に理想的な話になりがちである」という課題があると思います。

そう考えると現実はどこにあるのでしょうか。
posted by Kohei Ishikawa  [ 未来学 ]  comments(0) trackbacks(0)

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